大阪高等裁判所 昭和27年(ネ)1036号・昭28年(ネ)8号 判決
第一審原告 城水仙太郎 外一名
第一審被告 南海電気鉄道株式会社
一、主 文
昭和二七年(ネ)第一〇三六号事件につき、被告の控訴を棄却する。
昭和二八年(ネ)第八号事件につき、原告等の各控訴を棄却する。
右第一〇三六号事件の控訴費用は被告、第八号事件の控訴費用は原告等の負担とする。
二、事 実
昭和二七年(ネ)第一〇三六号事件について、被告訴訟代理人は、原判決中被告敗訴の部分を取消す原告等の請求を棄却する訴訟費用は第一、二審共原告等の負担とするとの判決を、原告訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求め、昭和二八年(ネ)第八号事件について、原告訴訟代理人は、原判決中原告等敗訴の部分を取消す被告は原告両名に対し各四十六万千三百九十四円五十銭及びこれに対する昭和二十三年四月二日以降完済迄年五分の割合による金員を支払うべし、訴訟費用は第一、二審共被告の負担とするとの判決並に仮執行の宣言を、被告訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、被告訴訟代理人において「被告の前主たる訴外経営会社が本件踏切に看守人を設置しなかつたのは、事故当時における社会情勢及び現場の交通量等より見て何等過失はない。
そして本件事故は運転手たる訴外上木嘉通がその注意義務を果すも到底避けることを得なかつたものであつて、同訴外人の行為は右事故の直接且つ相当なる原因でなく、専ら被害者亡万吉の重大なる過失によるものである。尚慰藉料請求権と云えども不法行為による損害賠償請求権であること勿論であるから、原告がその時効完成後になした請求の趣旨拡張部分の請求権は消滅に帰していること明かである」と補述し、原告訟訴代理人において、右抗弁事実を否認し「本件踏切に設置せられていた進駐軍の標識は吹鳴機と誤認せられ易く、被害者万吉においても、同様であつたのであるから同人には何等の過失はない」と附演した外、原判決摘示事実と同一であるから、ここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
昭和二十二年三月二十三日午後四時過頃原告等の四男(大正十四年一月十六日生)が当時近畿日本電気鉄道株式会社(被告会社の前主)の経営に係る阪堺線第三踏切(大阪市浪速区恵美須町二丁目九十五番地先)を自転車に乗り東側より西側へ横断せんとした際、恵美須町駅を発車して南霞町駅に向い南進中の運転手訴外上木嘉通により運転せられていた電車と衝突し、その結果頭蓋底骨折の傷害を受けて同日午後四時四十五分頃遂に死亡するに至つたことは当事者間に争いがない。
第一、よつて先ず右事故が何れの過失に基くかの争点について判断するのに、本件第三踏切の現場は、成立に争いない甲第九号証(刑事事件の検証調書)及び原審検証の結果に徴すれば、大阪市内中央部を南北に通ずる阪堺電車線の始発駅である恵美須町駅より百八、九十米場内信号機よりは六、七十米南方の軌道上を東西に横切り巾員約七米の道路が右軌道と直角に交叉する踏切であるが、本件事故当時より同踏切を挾み右電車軌道の南行路線の東側に接して人家が並立しているため、同踏切を東より西へ通過する際には右人家の板塀及び電柱に妨げられてその北側(右手)即ち北方の恵美須町駅より南進して来る電車を見通すことができないのであつて、僅かに踏切の手前(東側)約六米の地点に至つて漸く同踏切より北方約六米の右軌道上を見極め得るに過ぎず、又同軌道上より踏切東側の見通も同様に困難であるのみならず、阪堺電車の音響は右踏切の東方約二十八米の個所をこれと並行して南北に通ずる堺筋に大阪市営電車があるため、双方の音響が時に交錯してこれを識別し難い状況である。
とこで(一) 原審証人藤田宗治郎同山田恒義鑑定証人溝口好邦の各証言によれば、本件踏切は戦前看守人を置き且つ遮断機の設備があつたのであるが、戦時中昭和二十年三月十三日の空襲により附近一帯が焼野原と化した際右番小屋並に遮断機等の設備一切も焼失し、その後資材及び人手不足と交通量も以前の如く多数でなかつたため、前示経営会社においてはその儘放置していたのであつて、単に踏切の東側南寄り地点に進駐軍の標識柱が立てられていたのに過ぎないが、本件事故発生後一週間の同年四月一日よりは看守人を配置し、遮断機を設置せられるに至つたこと。阪堺線は軌道法の適用を受ける地方軌道であつて、同法に基く大正十二年十二月二十九日鉄道省令第五号軌道運転信号保安規程第五条には「交通頻繁で遠方より展望することのできない踏切道には車輌運転中番人を置きこれを看守せしむべき」旨を規定しているが、この交通頻繁又は展望不能の具体的標準については別段の規定なくその判断は軌道経営者側に委せられているのであるところ、本件踏切は前段認定の如く見通し難い個所であるのみならず、前示経営会社において本件事故発生の約一ケ月前に戦災踏切設備を復旧する目的を以て全線に亘り交通量の調査を行つた結果、本件踏切の交通量は朝七時頃より日没迄一時間平均十人乃至十五人であつたため必要なしとしてその復旧に着手しなかつたが、終戦後本件事故迄の間右踏切においては既に両三回の事故があつたことの各事実を(二) 成立に争いない甲第四、第八、第十号証(供述調書又は刑事判決)及び原審証人上木嘉通同西口岩夫同淵側嘉春同梅坂喜三郎の各証言によれば、本件事故当日の午後四時過頃前示経営会社の運転手上木嘉通は車掌西口岩夫と共に恵美須町駅において浜寺駅行電車第一一三号に乗務し、同電車の制動機その他必要個所を点検して異状のないことを確めた上乗客約百二十名を乗せて同駅を発車したが、本件踏切には当時何等の保安設備がないことを熟知しており約百米進行して踏切より六、七十米手前の場内信号機を通過した際本件踏切に対する注意警笛を二回吹鳴らし時速約三十粁の速度を以て進行を続け、更に約三十米進行して踏切より約三十米手前の地点に至つて同踏切の東側に二、三の通行人が立止つているのを認めたため安全にこれを通過し得るものと軽信し、爾後は警笛を吹鳴らさず且つ速度も緩めずしてその儘進行したところ、同踏切の約六米手前に差掛つた際突然踏切の東側より自転車に乗りこれを横断せんとする被害者万吉を発見し、即時に急停車の処置を執つたが及ばず、同電車の左前方部を右被害者と衝突せしめ二十余米滑走して停車したこと。当時本件踏切の東側に立止つていた通行人梅坂喜三郎等は右電車の警笛吹鳴を聞かず、踏切に接近して来た同電車の轟音により始めてこれを知つた状態であること。右運転手は本件事故のため昭和二十三年九月二十九日大阪簡易裁判所において業務上過失致死罪として罰金五百円に処せられ、これが確定したことの各事実を、(三) 更に成立に争いない甲第六号証並に乙第一号証(何れも供述調書)及び原審証人城水正行同梅坂喜三郎の各証言によれば、被害者万吉は自転車に乗り本件踏切を東側より西側へ横断せんとした際、その後方約三米より同様自転車に乗つて追行していた同人の兄城水正行及び同踏切の東側に居合せた梅坂喜三郎等が轟音により電車の進行して来るのを知り、右被害者に対して危いと叫んで注意を与えた瞬間に電車と衝突したこと。又成立に争いない甲第四、第七号証(何れも供述調書)によれば、当時本件踏切の東側には右電車の通過を待合せて二、三の通行人が立止つていたが、その背後より被害者万吉は左右を確めず一気に自転車を走らせて軌道内に突進したことの各事実を夫々認めることができる。
思うに、電車その他の高速度交通事業を行う者はその事業に伴う危険を予防するため、保安設備を施して事故の発生を未然に防止すべき注意義務あること勿論であつて、軌道踏切にはその情況に応じて看守人遮断機又は吹鳴警報機等を適宜に設置すべきは当然であるところ、前記(一) 認定の如く、本件踏切は見通し悪く且つ附近の情況より見て踏切通行人のため危険なる個所であるに拘らず、戦災によつてその番小屋及び遮断機を焼失した儘終戦後一年半もこれを放置し、看守人又は遮断機はもとより警報機すら設置していなかつたのであるから、前示経営会社は危険防止の注意義務を怠り踏切保安設備上に過失あるものと云わざるを得ない。被告は終戦後の資材並に労力の不足により踏切設備の早急回復を許さない事情にあり、且つ当時同踏切の交通量も僅少であつたため、所轄警察署にも本件踏切復旧延期の手続をしていたのであるから過失はない旨抗争するが、当時資材並に労力の不足が甚しい社会事情であつたことは疑いのないところであるけれども、前示経営会社は現に本件事故発生の一ケ月前に踏切設備復旧の目的を以て全線に亘り踏切交通量の調査をしているのみならず、事故発生の一週間後には本件踏切に看守人を配置しているのであつて、当時保安設備の設置が全く不可能であつたとは解せられず、ただ本件踏切については交通量が多数でないとの理由によつてこれを放置したのに過ぎないのであるが、前記認定の通行人数並に直前における両三回の事故発生その他右踏切の状況等より見て前示経営会社の処置は是認できない。そして原審証人溝口好邦当審証人中野道正の各証言により窺い得る如く本件軌道についての直接監督は、大阪陸運局より委任を受けている大阪府土木部道路課の担当するところであつて、前示経営会社において所轄警察署に届出てその承認を得その他行政規程に違反するところがなかつたとしても、かかることは警察取締又は行政監督上の事柄に属し、これがため同会社の民事責任には何等の消長を来すものでなく、この点に関する原審鑑定証人溝口好邦当審証人吉村喜久治の各証言部分は採用に値しない。
次に電車運転手が電車を運転して踏切を通過するときは、同踏切に保安設備のない場合において特に通行人に対し細心の警戒を払い事故の発生を防止すべき注意義務あること勿論であつて、その際通行人が電車の通過を待合わすため踏切の手前に立止つているとしても、その背後より他の者が不用意に軌道内に飛出すやも図り知れないのであるから、運転手としてはかかる危険を予防するため踏切を横断せんとする何人に対しても、電車の進行を警告するに足る程度の処置等を講ずべきは当然であるところ、前記(二)認定の如く、運転手上木嘉通は本件踏切の北方六、七十米の場内信号機附近において警笛二回を吹鳴らせたのみであつて、同踏切の東側に二、三の通行人が立止つているのを認め安全にこれを通過し得得るものと軽信し、時速三十粁の儘電車を進行せしめて被害者万吉と衝突するに至つたのであるが、保安設備のない本件踏切が見通し困難且つ音響状態も悪く警笛も通行人に徹底し難いのであるから、右運転手は本件踏切の近接個所においても更に警笛を吹鳴らせて電車の進行を警告すべき十分の処置を執り併せて運転速度も適宜に加減して慎重に進行すべき業務上の注意義務を欠き、漫然進行した過失があるものと云わなければならないのであつて、前示経営会社は右運転手の使用者として同人の過失による責任を免れることはできない。被告は、右運転手の処置は運転規程上一般に許されているものであつて本件事故はその注意義務を果すも避けることを得ず、同運転手の行為は右事故の直接且つ相当なる原因でない旨抗争するが、本件踏切通過の際場内信号機附近において警笛二回を吹鳴らせたのみにて時速三十粁を以て進行することが従来行われていたとしても、元来かかる処置が運転手としての注意義務に反するのであつて、同運転手のこの過失に基因して本件事故が発生したことは前説明の如くであるから、後記認定による被害者の過失は何等因果関係の中断を来すものでなく、右認定を妨げない。
尤も被告は、本件事故が専ら被害者万吉の重大なる過失によるものであると主張し、前記(三)認定の如く、被害者万吉は自転車に乗り本件踏切を東側より西側へ何等の顧慮を払うことなく、一気に横断せんとして電車に衝突したものであり、しかもその際同踏切の手前には既に二、三の通行人が電車の通過を待合わし立止つていたと云うのであつて、右認定に反する甲第六号証並に乙第一、二号証記載の供述内容及び原審証人城水正行同梅坂喜三郎の各証言部分は信用しない。凡そ電車軌道の踏切を横断せんとする通行人はその手前において一応進行電車の有無を確めた上行動し、危険を回避すべき一般注意義務を負担するものと解すべきであるから、右被害者が通行人としての注意義務を欠く重過失があつたことは前記認定に照しこれを否定し得ないところであつて、本件踏切の東側南寄り地点に立てられていた進駐軍の踏切標識柱が吹鳴機と誤認せられ易く被害者もこれを見誤つたとしても、前記諸般の事情より見ればこれを以て本件事故発生につき被害者に過失なしとするに足るものではない。従つて本件事故は上来説明の如く、前示経営会社並に前記運転手の各過失が競合し、これに右被害者の過失が加功して発生したものと認定するのを相当とし、右認定を覆えして専ら被害者の過失のみに基因するとの被告主張事実を首肯せしめるに足る証拠はないのであるから、右被害者の過失は損害額の算定につきこれを十分斟酌すべきも、これがため前示経営会社の責任全部を阻却する筋合でなく、同会社に自己の過失並に使用者としての責任に基く不法行為の損害賠償義務あること明白である。
第二、よつて進んで本件事故により生じた損害額について判断するのに、当裁判所は、被告会社が原告城水仙太郎に対し八万二千円、原告城水ヲテイに対し七万円及び何れも昭和二十三年四月二日以降完済に至る迄年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務あるものと認定するのであるが、その理由とするところは原判決記載の理由中(三)(イ)(ロ)(ハ)(ニ)及び(四)の説明と同一であるから、ここにこれを引用すべく、当審における双方援用の証拠によつても右認定を左右するに足らない。
被告は、慰藉料と云えども不法行為による損害賠償請求権の行使である以上、昭和二十六年六月二十八日の原審口頭弁論期日において、同日附申立書によりなされた原告の請求の趣旨拡張部分はその消滅時効完成後に請求せられたものであるから失当であると抗弁するが記録によれば原告等は昭和二十三年二月十二日本訴の提起により本件事故に基く不法行為を原因として、亡万吉が蒙つた物質上並に精神上の損害賠償請求権の相続による行使及び原告等自身が蒙つた精神上の損害賠償請求権を主張したのであるところ、右請求の趣旨拡張は同請求権中亡万吉の慰藉料額を三万円より五十万円に、又原告等各自の慰藉料額を二万円より二十万円に夫々増額したのに過ぎないのであつて、別個の性質を有する新規なる請求権を行使したものでなく、元来一個の請求権の範囲を拡張したのであるから、既に右請求権が時効期間内に行使せられている以上その一部である前記拡張部分が独立して消滅時効に服する謂れはないのみならず、当裁判所の是認する慰藉料額は夫々当初の訴状による請求金額以内であるから、被告の右抗弁は理由がない。
よつて原告等の本訴請求は右の限度において正当であつて認容すべく、その余は失当であるから排斥を免れないところ、右と同趣旨の原判決は相当であつて、原告等及び被告の本件各控訴は何れも理由がないから、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条、第九三条を適用して、主文の通り判決する。
(裁判官 三吉信隆 萩原潤三 小野田常太郎)